私が出向で新しい病院に来てから、下顎骨の薬剤性骨髄炎でずっと経過をみているおじいちゃんがいる。
前立腺癌の骨転移があり、ランマークというお薬を使っているのだが、この薬、歯科にとってはクセモノである。
顎の中に根っこの病気があったり、歯周病が酷かったりすると、顎骨壊死と言って、顎の骨が炎症を起こし、最終的に腐ってしまう病気を引き起こす可能性があるのだ。
このおじいちゃんもまさしくそのパターンで、顎の膿が皮膚を突き破って、皮膚に穴があいている状態。
それを手術して綺麗にして以降、ずっと経過をみている。
おじいちゃんはいつも元気。
おおよそ93歳らしくはない。
腰は曲がっているが足取りはしっかりしており、杖はいつもトレッキングストック。しかもついてるんじゃなくて引きずっているだけ。
「先生、ちわー。」
と診察室に入りながら、トレッキングストックを持っている方の手を掲げる。
…その杖、いる?
ていうか、とっさの時についても滑るよね、それ?
ある日、
「変わりないですか?」
と聞くと、口をカパッと開けて、指で口の中を指す。
どうしたんだ、急に。
一緒にきていた奥さんが、
「新しい入れ歯が入ったんです。それを、朝から先生に見せるんだってはりきってて。」
と解説してくれる。
みると、新品の入れ歯が口の中に収まっている。
「ほんとですね!よかったですねぇ、良い入れ歯が入って!食べやすくなったでしょう。」
そう言うと、うんうん、と嬉しそうに頷くおじいちゃん。
なんとも可愛らしい。
ほっこりしながら、奥さんと次の予約日を決めていたら、
「先生、スタイルよくなったなぁ!」
と急におじいちゃんが口をひらく。
なんだ、急に??
「あれ、ほんとですか?最近太ったと思ってたんで嬉しいですー」
「ほんとほんと!それ以上痩せちゃだめだから、今度ご飯を奢ってあげよう!」
…どうした、おじぃ。。。
思わず奥さんと顔を見合わせる。
奥さんは困った顔をしながら、
「この人、先生のこと気に入ってるみたいで、診察に行く日はいつもこんな感じなんです。今日はご飯に誘おう!って言ってて。すみませんねぇ」
「そうなんですか…ありがとうございます。でも、病院の決まりで患者さんとプライベートなお付き合いはできないことになっていまして…すみません。」
と2人に向かって言うと、
「あれぇ。ナンパ失敗しちゃったねぇ。もうちょっと若ければよかったなぁ!」
と、カカカっと笑うおじいちゃん。
かくして93歳のナンパは失敗に終わった。
が、彼の若々しさの秘訣はそのバイタリティにあるような気がする。
いつまでも長生きして欲しいものだ。