最近海外ドラマにはまっている。
FRINGEから始まり、ニキータとか24とか…
ある日、プリズンブレイクを見つけ、1人の患者さんを思い出した。
20代前半の男性。親知らずが痛くて頬が腫れている、と言って受診した。
診察時、本人の訴えとは裏腹に頬はあまり腫れていなかった。診察中もずっとぐったりしていて、あまり局所所見と全身的な所見が一致せず、おかしいなーと思いながら採血に行ってもらった。
30分後、採血結果を開くととんでもない数値が並んでいた。
白血病だった。
すぐに血液内科に連絡し、即日入院となった。
母親は泣き崩れ、病棟まで付き添った。
そんな母親を見て、一番ショックを受けていたであろう本人は、青ざめた顔で笑いながら母親の手を握り、
「お母さん、大丈夫だよ」
と言う。
私は耐え切れずに病室を後にした。
白血病は意外と口腔内の痛みや出血で発見されることがある。今回はまさしくそのパターンであった。
親知らずを抜いてあげれば親知らずの周りの痛みは取れるが、今の血液データでは親知らずを抜けば感染のリスクや出血のリスクが高まる。
かといって、スケーリングもできない。
口の中の痛みで食事はおろか自分で歯を磨くこともままならない状況で、私は口腔ケアに足繁く通った。
少しすると、抗ガン剤投与が開始され、口腔内の症状が落ち着き始めた。口腔ケアも自分でできるようになってきたので、それに伴い私の介入の頻度も少なめになった。
無菌室にいるため外来には下ろせず、1週間に2回のペースで彼の元に通っていた。
数週間後、彼はニット帽をかぶり始めた。髪が大量に抜け始めたのだ。
似合いますかね、と殊勝に笑う彼に、なんと言ったらいいかわからず、意外と似合うね、とだけ言った。
入院の後半、口腔内の診察は勿論していたが、症状が落ち着いていたためほとんど私がやることはなく、ほぼ雑談で時間が過ぎていた。
ある日病室に行くと、彼がパソコンを開いて何かをじっと見ていた。
何見てるんですか?と聞いたら、暇だからプリズンブレイク見始めたんです、と。
私は1話しか見たことがなかったのだが、面白いからぜひ見てください、と彼に勧められた。
当時私は3年目で雑用も多く、家に帰ればそのまま眠る日が多かった。
わかった、見てみるね、と言いつつ、結局2話程度しか見なかった。
数日たって、彼の転院が決まった。
別の病院で骨髄移植が受けられることになったのだ。
転院の日、病室へ朝一で向かった。
「先生、ありがとうございました。頑張ってきますね。」
そう言って、彼は転院していった。
1ヶ月程たったある日、血液内科から1件の口腔ケアの依頼が来た。
彼だった。
転院先の病院で肺炎を発症したために移植ができず、肺炎の治療のためにまた戻って来たのだ。
病室を訪ねると、彼がベッドに座っていた。髪がうっすら生え始めた彼は、ニット帽はもう被っていなかった。
「先生、戻って来ちゃいました。また先生が診てくれるんですね。」
そう言って笑う彼は、転院前よりもやつれ、疲れているように見えた。
それから数ヶ月、また彼の病室へ通う日々が続いた。
3月の終わり。私は他の病院へ出向するため、最後の診察日だった。
彼は、肺炎の治療は終了していたのだが、また白血病が再発していた。最後の治療に望みをかけて、別の抗ガン剤治療を行なっている真っ只中だった。
「そうか、先生いなくなっちゃうんですね。話し相手がいなくなっちゃうのは寂しいなぁ。また戻ってくるんですよね?」
と聞かれ、
「1年か2年で戻る予定だよ」
と答えた。
彼は少し黙った。
「…2年は長いですね。僕はその頃には退院してますね」
そう寂しそうに笑って言った。
私はそうだね、と言って、彼と握手を交わした。涙が出そうだった。
頑張ってほしい、と心から思った。
出向して3ヶ月、当時の病院の上司から診療前に連絡があった。
彼が亡くなった、という連絡だった。
トイレに駆け込んだ。涙が止まらなかった。
私よりも年下の彼は、病に侵されていく体と必死に戦った。泣き言は殆ど言わなかった。自分が副作用で辛い時も、周りを気遣って笑っていた。1人になる夜はどれほど怖かっただろう。
私は上司によく、患者さんに感情移入しすぎる、と言われる。
確かにそうだ。
日々診療する中で、何人も患者さんを診る。すぐに終診する人もいれば、ずっと経過を追う人もいる。全員に感情移入しては医療者はつとまらない。その通りだ。
でも、私達にとっては沢山の患者さんの中の1人だが、彼等からしたら、私達は1人の医療者、主治医なのだ。
どんなに上司から言われても、私は今のスタイルは崩したくない、と改めて思った。
プリズンブレイクをみてそんなこと思うのは私くらいであろうが……笑
彼のご冥福を祈る。